「いいよ」
と、君は言ってくれた。
「いいよ、ロックに、私をあげる」と…。
嬉しかった。でも、それ以上に悲しかった。
君はきっと本当の意味がわかっていない。
「いいよ」と言った君の優しさは、俺にとっては何よりもキツイ責苦となって
鋭いナイフのように俺の心に突き刺さった。
だからこそ、だったのだろう。
あんなに冷静になれたのは。
「そんな事、言っちゃ駄目だ」
俺はティナの涙を拭いながら、優しく言った。
「『あげる』なんて、そんな言葉を使っちゃ駄目だよ」
自分が「欲しい」と言ったくせに矛盾したことを言っていると、
我ながら思ったけれど。
「ティナは、もっと自分を大事にしなきゃ駄目だ」
そう言ってティナに微笑んだ。
その奥にある悲しみを、傷ついた心を、彼女は敏感に感じ取ったのだろう。
瞳に涙を一杯溜めて、泣きながら「ごめんなさい」と言うと、
逃げるようにしてその場から立ち去った。
―謝るのは俺の方なのにな…
一人残された部屋で、そうつぶやく。
分かりきっていた事なのだ。
ティナが人間らしい暮らしをするようになって、まだ一年とちょっとしか経っていない。
そんな彼女に「恋愛感情」を理解しろだなんて、無理な話だろう。
むしろ自分の心の中にあった悲しみを読み取った彼女は、"優秀"だとさえ言える。
でも、理解はできていない。
「悲しさ」は分かっても、なぜ悲しいのかは分かっていない。
多分、俺はティナにとっては家族のようなもので、父親や母親が
悲しそうな顔をしていたら自分も悲しくなってしまう、子供のような
気持ちなのだろう。
俺は近くにあったソファに腰をおろすと、天井を見上げた。
―きっと俺じゃなかったら、ティナも傷つかなかっただろうな。
そう思う。
ティナを好きになって、純粋に彼女のことだけを想う男なら
こんな事にはならなかったはずなのだ。
きっとその男は、『愛しい』という気持ちだけでティナを見つめて
いただろうから。
でも、俺にはレイチェルがいた。
ティナの事を想えば想うほど、浮かんでくるレイチェルの顔。
―私を、忘れちゃうの?
そう言っている気がして。
そんな事できるはずがないと分かっているのに生まれてくる罪悪感と、
そんな人を心に残したまま好きになってしまったティナへの罪悪感がぶつかって、
俺は何もできなくなる。
だから、決して言葉にはすまいと思っていた。
ティナには伝えないようにしようと決めていたのに。
―まさか、気づかれるなんてなあ…。
よほど俺が分かりやすいのか、ティナが敏感なのか。
目を閉じて、ティナの顔を思い出す。
―私のせいでしょう?
そう言った、彼女の瞳。
―もう、悲しい顔をしないで。
そう言った、彼女の涙。
「ティナ、ごめん…」
誰もいない部屋の中で、俺は一人懺悔する。
謝ることしかできなくて、ごめん。
ティナは悪くないんだよ。
ただ、俺が弱いだけ。
君を守ろうと思っていたのに、逆に泣かせてしまうなんて最低だよな。
君はいつだって笑顔をくれるのに、悲しさしか返せなくてほんとごめん。
でも、いつか気づいてくれたら嬉しい。
この「悲しみ」も、一つの愛の形なんだと。
君を、レイチェルを、想う心がこの悲しさを生んでいるのだから。
―そう言う俺は、きっとワガママなんだろうな。
「ティナ、ごめん…」
ソファから起き上がる気力は、なかなか生まれそうもなかった。
<あとがき>
勝手な男心?なんつって。
でもロックはレイチェルの事をとっても愛してたと思うし、そうであって
欲しいと思っています。
あ、でも私はロクレイじゃないですよ!(←ここ、大事!)
ロックはそういう、心の深い人であってほしいのです。