『なかった事にして欲しい――…』
望んでいた言葉だと思った。
これで元に戻れると思った。
見上げれば、一週間ぶりに見るロックの顔。
変わらない笑顔。優しいまなざし。
―良かったじゃない。
そう思って私も笑顔を向けようとするのに、上手くいかない。
代わりに現れたのは一粒の涙。
ポロリとこぼれ落ちて、床の上に染みを作った。
「あれ…?」
嬉しいはずなのに。
悲しませたくないのに。
どうしても止まらない。
『―幸せなことよ…?』
さっきの言葉が甦った。
でも、だけど、私は。
「私ね、自分が幻獣だと知ったとき、心のどこかでホッとしたの」
突然話し始めた私の顔を、驚いたようにロックは見つめた。
「私は人の心を半分しか持たないから、不完全だから、平気だと思った」
「…何を?」
「私が犯した、たくさんの罪。それも、半分は人間じゃない自分なら耐えられると思ったの」
ハッとしたようにロックが私を見つめる。
「人を愛する心もそうよ。前にセリスが『愛にもいろんな形があるのよ』って教えてくれた時、私は
一つだけ分かれば十分だと思った。モブリスの子供達に感じた愛さえあれば、私は十分に幸せだって」
「ティナ…」
「だって」
逃げ出したくなる心を必死でこらえる。
「だって、もし他の愛を知ってしまったら、私の心が完全に近づいたら、
私は平気じゃいられなくなる。私の罪が、重くなるでしょ?」
強くなりたいなんて言いながら、私はやっぱり逃げていた。
愛し合った両親を裏切って。
ロックを傷つけて。
怖くて、怖くて、自分を守った。
「ごめんなさい」
こんな、逃げてばかりの自分は嫌だと思うのに
心はどうしても楽な方へと流れてしまう。
そのくせ、私は一つの想いに辿り着いてしまったのだ。
「‥ロックの事が、好きです」
追い詰められてようやく分かった想いだったけど、心のどこかで
多分私は気づいていた。
一緒にいると安心して、いろんな仕草にドキドキしたから。
ずっとここにいたいって、いつもこっそり願っていた。
この想いは、子供達に感じた愛とはきっと違う『愛』。
「ロックの事が、私は好きなの」
気づいた想いはもう止められなくて、後から後からあふれ出す。
ワガママばかりの私で本当にごめんなさい。
だけどもう逃げたくはないから。
どうか私に、愛を知る勇気を下さい。
<あとがき>
「愛を怖がるティナ」ってのもありでしょうか…?
あれだけ知りたがってたのに博愛だけなんて、不思議で仕方なかったので。