死にたくないと、思った。
そんなふうに願ったのは、決してはじめてのことではない。魔物との戦闘のとき、世界が崩壊したとき、力を失って倒れたとき、何度もそう考えた。生を望む、生き物としては当然の行為。意識的ないし無意識的に一度でも考えないほどに、彼女は死に急いではいなかったから。
けれどきっと、心の中では、後ろめたさが拭い切れてはいなかった。こんな罪だらけの自分が生きることを望んでもいいのだろうか、そんな引っ掛かりが、ずっとずっと小さな棘となって心に刺さり続けていた。たくさんの人を殺した。たくさんの人を壊した。こんなにも返り血にまみれた人間が、それでも死にたくないと思うなんて、酷い傲慢なのではないだろうか。
でも、死にたくないと、思った。
それはどうしようもない、決して誤魔化すことのできない、彼女の真実。心の底から。たとえ誰かに恨まれようと、生きたいと願った。
自分が生きることを、幸せと感じてくれる人たちがいる。自分が死ぬことで、悲しむ人たちがいる。
その人たちのために生きたかった。
そして。
(わたしは、生きたい)
生きて、だいすきな人たちと、幸せになりたい。
それは他者のためではない。
彼女自身が心から願う、彼女自身の、欲望。
なんてわがままなんだろう。それが誰かのためになるのならと、一度は死をも覚悟したくせに。けれども、抱いた想いは捨てきれない。
わたしは、死にたくない。
胸を張って、何度でもいえる。泣き喚きながら叫びたいくらいに、切実な想い。
(わたしは、生きたい)
・・・・・・暗闇のなか、瞳を開ける。赤い光が、見えた気がした。
世界が蘇る。
失われるはずの朝が、再びやってくる。
太陽の色。鳥の声。風のにおい。全てが復活し、祝福を謳う。
声が、聴こえたような気がした。誰かの声。彼女を呼び、応援する、子供たちの声。
するり、と、彼女がリボンを解く。解放された彼女の髪は、生まれ変わった風を受けて宙を舞った。
この世のものとは違う色。幻獣の血を継ぐ色。
それは、芽吹く緑と同じ色。
なんという、奇跡。
彼女の両親が、授けてくれたものなのか。彼女自身が、勝ち取ったものなのか。
きっとどちらかひとつということはない。幻獣と、人間と、そのハーフとが、心の底から願ったことを、きっと世界が叶えてくれたのだ。
頑張った小さな少女に、幸せを。
「約束」
振り返り、彼女は笑った。
「また、結んでね」
泣き笑う彼女が、ほんとうに愛しくて。
彼はそのまま、何も言わずに抱きしめた。
FIN
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調子に乗って、再びこそこそとやってまいりました
この短い話は、先日こちらに投稿させていただいた「終わりの朝がはじまる」のあってもなくてもいいエピローグになっています
サイトのほうに載せたものを、また少しいじっています。文体も雰囲気も違いますが、まぁエピローグだしということで、ご勘弁ください
お眼汚し、失礼いたしました