旅が始まってすぐの頃かな…?
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心の底から笑ったことなど無かった。
小さい頃の思い出をひっくり返してみても、そんな記憶は
出てこないに違いない。
だから、感情が未発達なティナは扱いに困った。
「人はどうして笑うの?」
「人はどうして泣くの?」
頭を使う事ならともかく、心を使う部分を尋ねられても
私なぞは答えるに最もふさわしくない相手と言えるだろう。
私に出来る事と言ったら、一般常識として知っている知識を
彼女に教えてあげることだけだった。
「それは楽しいからだよ」
「それは悲しいからだよ」と。
すると彼女は続けて言った。
「じゃあ、エドガーはいつも楽しいのね」
「どうしてだい?」
「だって、いつも笑ってるわ」
子供のように純粋な人間が真実を見抜くというのは、
半分は本当だろうが半分は嘘だろう。
少なくとも17年間まともな社会生活を送ってこなかった彼女が
人の心を読むなど、不可能に等しい。
彼女は単純に、いつも笑っている私を見て『楽しい』と判断したのだ。
それは嘘ではないが、真実でもない。
そして私は困ったことに――そこが一番大事でもあるのだが――
そんな自分が、嫌いではなかった。
『感情』を何にも増して後生大事にしている人間には悪いが、
私からすればそんなものは弊害でしかない。
確かに『喜び』や『楽しみ』は人生の憂さを晴らすだろうが、
所詮は一時の事だ。
それが過ぎれば、やがて『苦しみ』『悲しみ』が訪れる。
『怒り』は判断を誤らせ、『悲しみ』は決断を遅らせる。
『憎しみ』は余計な争いを生み、『嫉妬』は全てを破壊する。
そんな私は、人としては劣等生だろうが王としては実に素晴らしい
資質をもっていたと言える。
王家に生まれた自分は、我ながら分をわきまえていたと
感心したものだ。
「ティナはどうしてそんなに感情にこだわるんだい?」
一度、聞いてみた事がある。
その辺に転がっていた石を誰かが熱心に見ていて、つい興味をもった
という所か。
「知らないから」
彼女はあっさり答えた。
知らないというなら、私も深くは知らない。
「知りたいから」
彼女は言葉を変える。そして少し考えて、言った。
「理由なんか無い」
ただ知りたいのだ、と。
―おもしろい、と思った。
理屈ではなく人を動かす力。それこそが『感情』なのではないか。
「ティナならすぐに分かるさ」
笑いをこらえて教えてやる。でも、答えは言わない。
それは自分で見つけるものだし、第一私が退屈してしまう。
答えを見つけるまで、彼女はきっと周りの全てを観察し続けるだろう。
ひょっとすれば、私の嘘などすぐに見破る大人に成長するかもしれない。
「でも、それはまだ先だな」
ニッコリ笑ってティナの頭をなでてやった。
ティナは不思議そうな目を私に送る。
感情が分からないともがく魔導の少女がいる。
感情なんかなくてもいいと思う王がいる。
この二人を、運命は同じ場所に引き寄せたのだ。
「人生はおもしろいな」
人はおもしろい。
この世はおもしろい。
これだから、生きているのはやめられないのだ。
<あとがき>
「自粛する」とか言っときながら続けて書いちゃった~という
エドガーのお話。すみません。。
私の中のエドガー像は、実はこんな感じです。
感情がないわけではないけど、そこまで必要性は感じてない
といった所でしょうか。
そんな彼に、ティナはどう映ったのかなと思って書いたのが
コレです。なので、当然ですがエドティナではありません。
でもここまで自分をコントロールできたら、生きてて
楽だろうなあ~