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「瞳に誓い、涙に約束」 シスターM

どんな、気持ちなんだろう。
今まで疑いもしていなかったことを、頭から否定されるのは。

ティナは、人と幻獣との間に生まれた命だった。
両親の運命の出会い、ひとときの幸せ、そして突然の別れ…。
魔石と化した父から真実を聞き。「もう大丈夫」と気丈に答えていたけれど。
でも…。

   *

俺たちは今後の作戦を練るために、一度ナルシェに戻った。結局ティナの能力を使い、幻獣に助力を請うということになり。その後、各々与えられた部屋へと足を運んだ。
「…はぁ」ベッドにぼふん、と身体を投げ出して、大きく溜息。
帝国からの脱出と、ティナの覚醒と。とにかくいろいろなことがありすぎる一日だった。
でも、人間不思議なもので。あまりに疲労すると、かえって眠れないものらしい。
…いや。実際は、ティナが気になっていただけなのかもしれない。
強い意志を秘めた瞳は、前と変わっていなかったけど。
どうしても、その中に一瞬だけ。影を見つけてしまったから。

「ティナ、まだ起きてる?」
彼女に与えられた部屋の扉をそっと叩き、俺は小声で呼びかける。
「ロック?どうしたの?」怪訝そうな声がする。
「いや、ちょっと…な。入ってもいい?」軽い調子で問いかけてみる。
「どうぞ?鍵は開いてるから」
少し間を置いて、ティナが答えた。扉を開けて、中に入る。
ランプが照らすほの暗い空間の中、窓際に腰掛けて月を眺めていたティナ。
その横顔が、月の光に照らされて。…あまりにも儚げで。
俺は一瞬、彼女が幻かと錯覚した。
「何か用?」ティナが、月から視線を外さないまま俺に尋ねる。
「あ、いや…、ティナ、今日いろいろあってすごく大変だったろ?だから、ちょっとだけ気になって…」
俺の言葉に、彼女はゆっくりと顔をこちらに向ける。作り笑いをしていた俺の表情は固まり、息を呑んだ。
瞳の色が、ゆっくりと。不思議な色の光を宿し始めて。
目の前で、彼女の姿は。緑の髪の儚げな女性から、淡く光る桜色の幻獣へと変化した。

「ティナ…」俺の口からは、それ以上の言葉は出ない。
彼女はそんな俺を見て、それから自分の姿を見て。少しだけ微笑んだ。どことなく、自嘲気味に。
「まだほんの少しの間しか力を制御できないから、実用的ではないけれど…変化中は魔力も力も強くなるようだから、強い敵と戦うときには使えるかもしれない」
独り言のように呟くと、自分の髪をひと房手に取る。
「…こんな髪も、手も、人間には…いないわ」
冷静な声。でも、よく聞けば、少しだけ震えていて。
「ロック。私、本当にあなたにも、みんなにも感謝しているの。私の記憶を取り戻して、
私が何者であるのかを明らかにしてくれて」
一旦言葉を切り、穏やかな表情を見せる。今の言葉に、嘘はないんだろう。自分の存在にずっと不安を感じていたティナだから、真実を知ったことに安堵したのは本当なんだろうと思われた。
「でもね…それでわかったの。やっぱり私は…この世界でたったひとりなんだなぁ、って」
暗い響きの声。視線を床に落とし、俯く彼女。表情は俺から見えなくなって。

『そんなことない』
そう言ってあげたいのに。でも、その言葉は今のティナには、何の助けにもならない。
わかっているから、何も言ってあげられない。歯痒いままの俺がいる。
「仕方ないわよね、幻獣と人とは元々相容れないもの…。私は本当なら、存在することも
許されない命だもの」
ティナは独り言のように、自分を痛めつける言葉を吐き続ける。
「それでも私は今、ここにいるの。どうしてなんだろう…」
答えの出ない自問自答。かつて俺が、レイチェルの心の中に居場所を失った頃のように。
絶望と苦悩が、ティナの全てを包み込んでいる。
「こんな力…いらなかったのに…」
か細い声が途切れて。ふと見ると。頬にきらりと水晶の輝き。
…泣いている。
『守ってやる』と約束したのに。今こんなとき、何もしてやれなくて。
俺は昔のあの時も、今も。こんなにも、無力なのか。
唇をぎゅっと噛み締めた。

ティナは、嗚咽さえ漏らすことなく。ただ小刻みに、肩が震えて。
長く失われていた感情を、表に表すのに慣れないから。ただひたすらに、押し殺して。
…どうして、君だけが。
俺はそっと、ティナのすぐ近くへ歩み寄った。ティナにそっと、手を伸ばす。
「ティナ、大丈夫だ」
そっと声をかけると、ティナの俯いた顔が持ち上がる。両の瞳には、涙を宿したまま。
「心配するなって、俺がそばにいるから」
俺はなるべく笑顔を保つようにしながら、ティナに話しかける。
「ロック…?」
怪訝そうな表情のティナの手を取り、その場に立たせて。俺は彼女の細い両肩に手を置く。
「ティナ、最初に約束したろ?俺が君を守るって。だから、もう泣かないで」
何を言って慰めても、きっとそんなのは気休めにもならない。わかりきっていた。
だから、俺は。俺の今の気持ちを素直に伝えるだけだった。
…守りたい。君がどんな存在でも、俺にとってはそれだけだから。
「ロック…ありがとう」
ティナは少しだけ、微笑んだ。幻獣の姿でも、その透明な微笑はそのままで。
やっぱり、ティナだった。
「やっと笑ったな」俺は嬉しくなって、肩から手を外してそっとティナの頭を撫でた。

一瞬の光。ティナは元の姿に戻った。
見慣れた姿。緑の髪に、白い肌。華奢な身体はそのままで。
その身体が、急にバランスを崩した。慌てて両腕で支える。
「大丈夫か?」
よく見れば、その顔には疲労の色が濃い。顔色も悪く、肌が紙のように白かった。
「平気…まだちょっと、変化するのに体力を消耗してるだけだから」
俺に心配をかけまいとしているのか、無理に笑顔を作ろうとしていて。却って痛々しさが
増していた。
「今日は疲れてるんだから、もう眠ってな。いいな」
「うん…」
命令口調で強く言うと、彼女は素直に同意した。そっとベッドに身体を下ろし、
毛布をかける。見ると、既に寝息を立てていた。よほど疲れていたんだろう。
「…おやすみ、ティナ」
先ほどの涙とは打って変わった穏やかな寝顔に囁くと、俺はそっと部屋を出た。

自室に戻り、先ほどの出来事を反芻する。
幻獣へ変化するティナ。強い力に目覚めてしまったことへの恐れ。そして、涙。
…どうしていつも、君だけが。
強すぎる魔力を恐れ、自分の存在に不安を覚えて。今また、自分の存在と力に対して、戸惑い苦しんで。
どうしてこんなに苦しまなければならないのか。
あんなに懸命に生きようとしてるのに。あんなに懸命に戦ってるのに。
「ティナ…俺が、守るよ。必ず」
俺はそっと、彼女との約束を繰り返した。

   *

ティナの力は、強すぎるから。また、狙われることもあるのかもしれない。
不安定な彼女の心が、今以上に混乱してしまうことがあるのかもしれない。
でも。
今度こそ、俺は。
絶対に、守ってみせる。

君の心と、その笑顔を。

Title
「瞳に誓い、涙に約束」 シスターM
Posted
2003/02/28
Category
ロクティナ・SS

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