「ぐはっ!」
轟音とともロックが吹き飛ばされた。
「ロック!」
ティナが呼びかけるがロックは起き上がらない。セリスをかばいながら戦っているマッシュもすでに満身創痍の状態で、皆すでに魔力も使い果たしていた。
うかつだった。森の中を探索しているうちに何度か魔物と遭遇したがたいした敵がいなかったことで安心し、自分達の放つ魔力や魔物の叫び声が森の奥底からより強力な魔物をひきよせていることに気がつかなかった。そしてセリスが魔獣がもつ牙によって毒に犯されたときには回りはすでにとり囲まれていたのだ。
このままでは全滅する――。
ティナの脳裏にそう不安がよぎったとき、ロックがゆらりと立ち上がった。
「ロック!大丈夫!?」
ロックは答えなかった。その血だらけの手には青白い刃が握られている。ティナが再び呼びかけようとした瞬間、彼は走り出した。一番近くにいた魔物の爪を紙一重で交わすと一瞬で首をはね、次の瞬間には残り全ての魔物の体を切り裂いていた。
そのロックの姿にティナはわずかながら恐怖を感じた。魔物の死体の中、光る刃を持ち血まみれで立ち尽くす彼の姿はまるで――。
「・・・ロック?」
一瞬の静寂のあとティナが呼びかけると、ロックが振り向いていった。
「・・・みんな無事か?」
それだけ言うと彼はばったりとその場に突っ伏してしまった。
飛空挺ファルコン号の一室。自分に割り当てられた部屋の中でティナは休んでいた。あの後、かろうじて意識を保っていたマッシュと二人でロックとセリスを担ぎ何とかして森を抜け出しファルコン号までたどり着いた。すぐに仲間が魔法や道具で傷の治療をしてくれたが、意外なことに一番重症だったのはロックだった。出血の量がひどく、かろうじて一命は取り留めたがまだ意識を取り戻していない。ティナはロックの様子を見るために彼の部屋へ向かった。
軽くノックをしてみるが返事はない。まだ目が覚めないのだろう。静かに扉を開けて中に入ると、ティナは椅子に腰を下ろした。まだ容態が安定しないらしく時折うめき声とともに苦悶の表情を浮かべている。誰も死ななくてよかった。ティナは心からそう思った。本当に、誰かが命を落としてもおかしくない状況だったのだ。
ふとベッド脇の机に目をやると、一本の短刀が目に入った。バリアントナイフ。魔大戦の頃に生み出された武器だ。あのフェニックスの洞窟でみつかったという思い入れもあるのだろう、ロックはこのナイフを肌身離さず持ち歩いている。
ティナは、ロックがこのナイフを使う姿を見るのが好きではなかった。このナイフは、その名が示すとおり勇敢なものが持つ不屈の闘志が刃にかわり、邪悪なものを切り裂くのだといわれている。だが、魔物と戦うロックが握り締めるその光る刃はまるで―――
死に急ぐものが流す自らの血の結晶―――。
眠っているロックの顔からは、さきほどの死神のような表情はまるで感じられない。死神。そう、あのときのロックはまるでいつもの彼からは想像もつかない表情をしていた。生きることを恐れ、他人の優しさに触れることを嫌い、なにかを哀れんだような表情。そう、哀れんでいる。そのことはわかっても、ロックが何を哀れんでいるのかはティナにはわからかった。
部屋を出ると,飛空挺のなかは静寂に包まれていた。みんな自室で休んでいるのだろう。明日の出発は早い。眠らなければいけないとわかっているのにティナは自室に戻る気にはなれなかった。備え付けのバーのカウンターで頬ずえをつきながら物思いにふけっていると後ろで足音がした。振り向くと、そこにはシャドウが立っていた。
「酒が飲みたくなってな。」
それだけいうとティナのとなりに座った。
しばらくの間、二人は無言だったがやがてティナが切り出した。
「あの、シャドウ?」
「なんだ?」
「聞きたいことがあるの。」
「前に言ったはずだ、俺には何も答えてやることはできない。特に、今お前が知りたがっているようなことにかんしてはな。」
「え・・・」
ティナは自分の心が見透かされたような気がして黙り込んでしまった。そして再び沈黙が訪れたがしばらくの後シャドウがため息をついた。
「いいだろう。聞きたいことがあるなら聞け。ただし答えてやれるかどうかはわからない。」
「・・・ありがとう、それで――」
「大方、バンダナの兄さんのことだろう?」
「・・・ええ。」
「それで、お前は何を知りたいんだ?」
「・・・ロックは、ロックは何を哀れんでいるのかしら?」
意外な質問だったのだろう、シャドウはすぐには答えなかった。
「・・・自分自身を、だろう。」
「自分自身?」
「そうだ。あいつが今まで何を求めていたかは覚えているだろう?」
もちろん覚えている。忘れるわけがない。魂を呼び戻す秘法、そしてレイチェル。彼はそれを手に入れるためにたった一人で旅をし、そしてあの洞窟に挑んだのだから。
「・・・覚えているわ。」
何故だか、レイチェルの話をするのはつらかった。レイチェルの話をすると、まるで自分はロックに忘れ去られているような気がするのだ。
「あいつは、自分の大切なものを守れなかった。命より大切なものを。それでも生き続けている自分を、卑しく思い哀れんでいるんだろう。」
「でも、でもレイチェルさんはロックを許してくれていたって・・・」
「たとえそうだとしても、自分が自分を許せるかどうかは別問題なんだろう。あいつにしてみれば、許されたからといって大切なものを守れなかった自分がいなくなるわけではないのだから。」
ティナは無言だった。ロックはレイチェルを今でも思っている。そう考えると、胸が締め付けられる思いがした。そして、そんなふうに嫉妬している自分がいやだった。
「前にお前に言ったことを覚えているか?この世界には自ら感情を捨てて生きようとする人間がいる。」
ティナは返事をしなかったがシャドウはかまわず続けた。
「あいつもその一人だ。愛するということを忘れ、自分が幸福になることをを拒否しようとしている。」
「・・・あなたと同じように?」
思いがけないティナの言葉にシャドウは一瞬だが目を見開いた。もちろんその表情がティナに見えることはなかったが。
「あいつはまだ戻ってこれる。もう引き返せない俺とは違う。」
「シャドウ・・・」
「救ってやれ、あいつを想っているのなら。幸福とは何なのか、愛とは何なのか思い出させてやれ。お前にできるのはそれだけだ。」
「無理よ、だってロックは・・・」
私じゃなくて、レイチェルを想っている。そう口に出して言うことはできなかった。シャドウはグラスに残った酒をぐいと飲み込むと立ち上がり。
「今夜は少ししゃべりすぎたようだ。」
そういって席をはなれた。
「・・・私にできるの?」
シャドウは振り向ずに天井を仰ぐようにしながら答えた。
「できるさ。お前も、そしてあいつも同じ人間なのだから。」
シャドウは立ち去っていった。
同ジ、人間ナノダカラ―――
ティナはその言葉を何度か反芻していたが、やがて立ち上がり再びロックの部屋を訪れた。先ほどと何も変わらず、ロックは眠り、バリアントナイフは机の上においてある。ナイフを手に取り握り締めてみる。だが、何の変化も残らない。ただ金属の冷たい感触だけが手の中でこだましている。
ロックの寝顔を見ていると自然と涙があふれてきた。
「ねえ、ロック?私にあなたを救えるの?私はあなたを幸せにしてあげられる?私は、私はあなたを愛せるの?」
頭の中でシャドウの言葉がぐるぐると回っている。何を考えていいのかわからなくなってきた。たったひとつだけわかるのは、今でもロックはレイチェルを想っているということだった――。
う~ん、なんか終わり方がむちゃくちゃになってしまいました。力不足です。すいません。しかも何よりロックがまったくと言っていいほどでてきてないし。すみません。