「ロック」
ティナはその日、何度目かの名を呼んだ。朝から姿を見ていない人の名を。
「ねえ、ロックどこに行ったか知らない?」
他の仲間たちに尋ねるが、皆一様に首を横に振る。
「おかしいなぁ…一体どこ行ったんだろ?」
彼の姿を求めて、ティナのポニーテールが揺れる。
そのころ。
自分が探されているとも知らないロックは、とある街でひとり歩いていた。
「…確かここだったよなぁ」
あるものを買い求めるための店を見つけたらしく、ぼそぼそ言いながらその扉を開ける。
中に入り、彼の表情が明るくなる。
「あった」
このときのロックの瞳は、宝物を見つけた子供のように輝いていた。
「ロック!」
結局ティナが彼を見つけたのは、すでに夕刻だった。
「よ、ティナ。ただいま」
ロックはにこりといい笑顔。
「ただいま、じゃないよ!どこ行ってたの?」
一日中彼を探し続けて疲労していたティナにとっては、このときのロックの態度は腹立たしい以外の何ものでもなかった。形のよい眉が、きゅっと険しくなる。
「あれ?俺買い物行くって伝言してったんだけど…聞いてない?」
ティナに怒られる覚えなど全くないロックは、きょとんとした表情。
「…え?だってみんな知らないって言ってたよ。あなたがどこに行ったか」
ティナも同様に、狐につままれたような表情に変化する。
「…マジ?俺、ちゃんとマッシュに頼んだのになぁ」
「あ、マッシュなら朝早く出かけたって聞いたわ。私今日一度も会ってないの」
………。
ふたりの表情が崩れ、苦笑混じりの笑い声が漏れるのは、そのすぐ後。
更に、のんびり帰ってきたマッシュがティナに責められ、ロックにどつかれるのはもっと後。
そして、夜。
夕食を終えて、そろそろ眠りに就こうと部屋に戻ったティナ。
ひとり、窓辺にもたれて考える。
(今日はずっと、ロックを探してた一日だったわね…。でも、ロック一体何をしに出かけてたのかな?)
そんなとき、不意に彼女の思索を打ち破る静かな音。
誰かが扉をノックした。
「はい?」慌てて返答する。
「ティナ?俺だけど…」
「あ、ロ、ロック!?」
相手が彼だとわかって、なぜかティナは動揺する。
「な、なぁに?どうかしたの」
心持ち、声が上ずって。心臓の鼓動が早まる。
「あ、いや…。ゴメン、もう寝るとこだったかな」
決まり悪そうな彼の声。確かに若い女性の部屋を訪れるのに、あまり好ましい時間帯では既になかったから。…ただし、ティナがそれを常識として認識してはいなかったけど。
「ううん、まだ大丈夫よ」
彼の言葉や様子については首を捻りつつも、彼女はそっと扉を開ける。
「どうぞ入って。…それ、なぁに?」
少々顔を赤らめて立っていたロックが手にしていた紙袋に目を留める。
「あ、ああ、そうだ!あのさ、ちょっと今から外出よう?いいか?」
ロックはまくし立てるように告げると、ティナの手をさっと取って歩き出した。
…赤面してる顔は、彼女に向けられないままで。
「ロック、どこまで行くの?」
「ん、も少し。…よし、この辺でいいか」
暗がりで、ロックは今までずっと掴んでいたティナの手を名残惜しそうに離す。
それから、持っていた紙袋に手を突っ込み、ごそごそと中身を取り出した。
細く長い棒のようなもの。たくさんあるそれは、火薬のような匂い。
「ほら、ティナ、持って」と、彼はそのうち一本をティナに手渡した。ティナは素直にそれを受け取る。ロックは最後に白くて大きな蝋燭を取り出し、地面に立てて、小声で呪文を唱えた。
「ファイア」
魔導の力で生み出された炎が、蝋燭に灯る。
「いい?俺の真似して、これに火をつけてみて」
ロックも棒を一本手に取ると、炎にその先端をつけた。ティナも彼の動きに倣う。
「もういいよ、ほらそっちに向けて。人に向けちゃ駄目だからな」
「…わぁ」
棒の先端から、赤と黄の火花。さあっと眩しい光を作る。やがて光は小さくなり、すうっと闇に消えていった。
「きれい…これ、何?」ティナはロックに尋ねた。
ロックはティナの反応に満足げに微笑みながら、「花火だよ」と教えた。
「ティナ、初めてだろ?きっとそうだと思ってさ、今日買いに行ってたんだ」
「…わざわざ、一日中探してくれたの?」
「いや…だって、ティナが喜んでくれればって思ってさ」
ロックは照れ笑いをしつつ、頭を掻いた。
ティナはそんな彼を見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「ありがとう、ロック。とっても嬉しい」
意識しては、笑顔なんて作れない。でも、今はとっても自然に微笑むことができた。
口から素直に言葉が出てきた。
「どういたしまして。さ、まだたくさんあるから、次やろうぜ、な?」
「うん!…でも、私だけ楽しむのって、みんなに悪いんじゃない?」
「ああ、それは大丈夫!今みんなに見えるようなの上げるから」
ロックはにやりと笑みを浮かべると、太い筒型のものを地面に埋めて、導火線を延ばしてからおもむろに点火した。
「今日は風もないし、この近くには障害物もないから、あいつらにも絶対見えるぜ」
「…?」ティナは頭に疑問符を浮かべる。
ジジジ…………。火薬に火が引火し、やがて…。
しゅるるるる、ぱぁぁぁぁん!
大きな音と共に、空に光の花が咲いた。やがて流れ星のように、降り注ぐ。
「うわ、あ…!綺麗ね、ロック!これも花火なの?」
「そ。打ち上げ花火。これでみんな気づいて、こっち来るだろうからさ。そしたらみんなで続きやろうぜ」
ロックは器用にウィンクしながら、ティナに囁いた。
ティナは「うん!」と頷いた。
「たーまやぁ~!」
「…カイエン、それ何?」
「いやいやマッシュ殿、我がドマ国では打ち上げ花火を見ると、この掛け声をかけるのが約束事になっているのでござる」
「ふぅーん、変なのぉ」
「うわー、ヒバナ、ヒバナ!ヒバナ、ヒバナ!」
「おいてめぇ、ガウ!振り回すんじゃねぇよ!俺の髪に引火したらどうする!」
「フッ、セッツァー。ちゃんと私のように髪はまとめてから来ないといけないなぁ」
「ちょっとエドガー、何言ってるのよ。私が三つ編みしてあげたんじゃないの」
「イヤハヤ、大騒ぎじゃゾイ」
……結局。
花火を見たメンバーが集まり、賑やかな夏の一夜が過ぎていった。
「ティナ、楽しいか?」ロックはやや溜息混じりにティナに話しかける。
「うん。だってみんな、とっても嬉しそうよ?」
ティナは大層満足げ。彼女のこんな笑顔が見られるのは、ロックにとっても嬉しいことなのだが…。
(今度は絶対打ち上げ花火なんてやめよう。…せっかくティナと2人でいられるの、こいつらに邪魔されたくないもんな)
心の中で、彼は静かに決意した。
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ロクティナ色が薄いのですが、残暑ということでご勘弁を(おい)。
昨年の夏に書いたものですので、読み直すと痛いです。
失礼しました。
こちらの作品も、お読みくださっている方がたくさんいらっしゃって嬉しいです!
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