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「人形」 ゆい

最初は反射的に、と言うしかなかった。
「俺が必ず守ってやる。」
気が付いたら言葉が先に出ていた。まさしくそんな状態だった。

少ししてから、過去を思い出していた事に気づく。
思い出す?
いや、少し違う。脳が、体が覚えていた、としか言いようがない。無意識に刷り込まれていた。
目の前の魔導の力を持つ娘、ティナは少し驚き、それ以上に当惑したように俺を見た。瞳の奥の小さな恐怖もちらりと覗かせながら。
大丈夫だから。
安心させるようにそう言うと、彼女は少し安心したのか、緊張を緩めて微笑んだ。
そろそろ行こうかと手を差し伸べた。
魔導の娘の噂には似つかわしくないその白く頼りなさげな手に、やはり俺が守らなければと思った。


取り合えずナルシェには居られないので、フィガロへと移動した。
その夜、少しティナと話す機会があった。記憶を無くしただけではなく、どうやら帝国に操られて居たらしい。
また帝国の犠牲者か、と思わずには居られなかった。一体何人の犠牲者を出せば気が済むのだろうか。
「よく…… わからない。どうしていいか……」
今にも泣き出しそうな弱い声から彼女の混乱が伝わる。何も無い真っ暗な空間に唐突に放り出されたようなものだ。混乱しても無理はない。
操られて居た事を語る少女は今にも壊れそうな儚さがあった。そしてそれ以上の悲しみの色も。
彼女は自分の意思を持たぬ帝国の操り人形だったのだ。
悲しくないわけなど無かった。

翌日、フィガロが襲われた。ティナを取り戻しに来たようだ。やはりティナは狙われている。俺が守らなければ。再びそう思った。
フィガロから離脱した後、リターナーの本部まで全力でティナを守った。共に行動していたフィガロの王、エドガーに呆れられる程に。
時折「まさかお前まだ、」と言うエドガーの言葉には何も答えなかった。
相手は記憶を無くし、操れて居た過去を持つ、華奢な少女だ。守ると思う事に何の問題があるのだろう?
当時の俺にはエドガーの言葉に貸す耳はなかった。


……思えばあの時、リターナー本部で別行動が決定したあの時から兆候が現れていたのかもしれない。
「ティナ。俺が戻るまで大人しく待ってなよ。」
何気ない言葉だった。
笑いながら言って、ティナを見た。俺を見返す透き通るような青い瞳に一瞬だけ、悲しい色がにじんだ気がした。
しかしそれはすぐに瞼に隠され、次に青い色が現れた時にはティナは微笑みながら頷きありがとうと応えた。


そして今、その青い瞳が俺を捉えている。
ただ、今は過去の記憶も、出生の秘密も受け止めた強い光を放っている。
あの時よりも深くはっきりとした悲しみと、少しの怒りを交えた色を混ぜ込みつつ。
俺は何かを言おうと口を開くが、すぐに閉じてしまった。
目の前に座る娘はあの時と変わらない白さで、あの時と変わらない華奢さなのに、圧倒されてしまう。
逃れる為か、思わず瞼を閉じる。
沈黙が重くのしかかる。
飛空挺のエンジン音が部屋に響く。こんなにも大きな音だっただろうか?

「ロック……。」
ティナの不安げな声が聞こえる。
応えるように視線だけを上げるものの、また伏せた。

ロックはどうして私を守ってくれるの?

そんな簡単な質問から始まったこの会話。
俺が説明しようとする度にティナの表情はどんどん曇って行った。
そして問いかける声に返す言葉一つを吐き出すたびに、一つまた一つと足元の地盤が崩れる気がした。
そして、ついに何もかも無くなった。
足場を無くした俺はただただ口を噤むだけしか出来なかった。
それでもやっとの思いで言葉を発する。

「俺はただ、記憶を失って傷ついてるティナを守らなきゃって思って……」

「それは私が可哀想だったから?それとも過去に似たような事があったから?
 ……傷も癒えて、記憶も戻りつつある今もなお守ってくれようとするのはどうして?」
まっすぐと、今度ははっきりとした声で俺に問いかける。
答えが浮かばない。
そんな事、考えた事も無かった。
いや、考えようとしなかったのか?
それすら分からない。

お互いの視線が絡まる。
一体彼女の目には俺はどう映っているのだろうか。
また沈黙が訪れる。
するとぎゅっと細い眉が寄せられ、かたん、と小さい音を立てて彼女は立ち上がった。
向けられた背中を追うように視線を向けた。
「ティナ。」
俺の声に応えるようにぴたりと動きが止まる。
呼び止めてどうしようというのか。
何も言えずに居ると、彼女の肩が少し震えている事に気づいた。

「結局、私はロックにとっても、人形なのね。」

もう何度目か分からない沈黙が少し流れ、そのまま彼女は静かに戸を開けた。
そして木の板がぱたんと音を立てると、さっきまで繋がっていた俺と彼女の空間は分かれてしまった。

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はじめまして。
ゆいと言います。
いつも皆さんの作品を楽しく拝読させていただいてます。
拙い上に暗いSSになってしまいましたが、投稿させていただきました。
アンソロジーの「すれ違い」というテーマに触発されて書いてみました。
これから機会がありましたらまた投稿したいと思いますので、その時はよろしくお願いします。

Title
「人形」 ゆい
Posted
2008/06/01
Category
ロクティナ・SS

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