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「淡桃吹雪」 シスターM

 春色の霞。
 その中に、君がいて。

 俺は必死で、手を伸ばした。

     *

「!」
声にならない叫びを上げ、俺はベッドからがばりと身を起こし。
「……夢、か」
先程の光景が、夢幻の世界のものだったのかと安堵する。
周囲を見渡すと、紛れもない『俺』の部屋。
ひとところに長く留まることを考えたこともなかった俺の、ただ身体を休めるためだけに存在する部屋。
調度品も、最小限度で。愛着のある日用品なぞ、存在する理由もない。

でも、この部屋の中で。
俺がたったひとつ、執着を見せるもの。

「……ん………」
俺の隣、まだ寝息を立てている女性。
艶やかな緑の巻き毛は、真っ白な肌を愛らしく彩って。精巧な硝子細工のような、危うさをはらんだ美しさ。
触れれば、壊れてしまいそうなほど。
やっと、手に入れた大切なもの。
確かに、今ここにいて。手を伸ばせば、直に触れることができるのに。かつて失いかけた不安は、消えることがなくて。
時々、夢の中。俺は恐怖で動けなくなる。
(……ティナ)
心の中で、名前を呼ぶ。誰より愛しい、美しい人を。

ドマ国のある東方の4月は、花の季節の始まり。
「いかがでござろう?」
かつての剣士は、穏やかな笑みを忘れることなく皆を出迎え。
俺たちは、恐縮しつつも彼の気遣いを有難く思う。
「あ……」
ティナが一声、声を挙げた。
「あの、花は?」
彼女がそっと指差したのは、桜。
「あれはこの城でも、最も古い枝垂桜でござるよ」
カイエンが答えるのを、頷いて了解してから。彼女はまっすぐ、桜を目指した。
「あ、ティナ! おい!」
俺も慌てて、後を追った。

空に長く腕を伸ばし、下に立つ者を包み込もうとする力。
これこそが、桜の魔力……か?
「綺麗ね」
俺の隣にいるティナは、ひとことだけ呟くと。更に木の近くへと足を進めた。

そのとき。一陣の強い風。桜色が、視界に溢れる。

「!」
一瞬、瞼を閉じてから。再び開けると、空虚な気持ち。
さっき隣に立っていた、桜の近くへ歩み寄っていた。
彼女の姿が、消えている。
「ティナ!?」
慌てて彼女の名前を叫ぶと。
「なあに?」
ちゃんと届いた、彼女の声。

桜に霞んだ視界の中、緑の巻き毛は確かにあって。
ティナは、静かに微笑んでいて。
桜の幹に手を置いて、俺を静かに見つめていた。
「ロック、この木、とても穏やかな心を持ってるわ」
何かを感じるのか、見事な枝振りを見上げて、ほうっと息を吐く。
つられて俺も、視線を空に向けると。
枝垂桜の枝ひとつひとつに、満開の桜色が。
俺も、ティナも、全てを淡いヴェールの中に包み込んでいるようで。
全てが外界から切り離された、淡い桃色の世界に置き去りにされたような。
奇妙な、感覚に。一瞬、囚われた。

「ロック殿、ティナ殿、そろそろ一服なさらんか」
カイエンの呼び声。幻覚から覚める俺。
「行こうか、ティナ」
声をかけると。
「ええ」
彼女は名残惜しそうに、桜の幹から手を離し。ふんわりと、歩いてきた。
その様が、幻のような儚さを秘めているように思えてしまって。
俺は、咄嗟に。華奢な彼女の手を取った。
「?」
突然の俺の行動に、ティナは首を傾げるけれど。
「さ、行くぞ」
俺はその手を離すことが、できなかった。

     *

 春色の、霞に。
 どうぞ消えてしまわないで。

 美しいままの幻でなく、美しい心の、君がいい。

 ───

「桜」的なロクティナを書こうとして失敗したものです。
でもアップしちゃいました(鬼)

Title
「淡桃吹雪」 シスターM
Posted
2004/05/01
Category
ロクティナ・SS

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