1
この気持ちを、何といえばいいのだろう。
初めて会ったのに、心が呼び合う。
余計な言葉など、全く必要なかった。瞳を見れば、何もかもわかりあえた。
お父さんと同じ種族の幻獣。名前はウラ。
彼と会ったとき、私の心に音が響いた。それは、すがしい響き。
ナルシェで氷漬けの幻獣と出会ったときの、あの共鳴とは違う、清冽な響き。
私の中の『わたしの力』は、彼の力と呼び合って。
(君は……僕たちと、同じなんだね)
彼の声が、静かに響いたとき。私はただ、頷くだけで良かった。
「君が、あのマディンの娘か」
彼は私のことを聞いている、と言った。
かつて一度だけガストラが幻獣界へと足を踏み入れたとき、彼はまだ幼い子供だったという。彼は父親や母親と生き延びて、私の父と母の話を聞かされていたと言った。
「『人と幻獣とは相容れない』と言われているが、炎のような気性を持っていた君の父と、静かで控えめながらも氷のような強い意思を最後まで曲げなかった君の母とは、とても愛し合っていたそうだね」
そう言って、微笑んでくれた彼の表情に。記憶の中の、お父さんの笑顔を重ねてみた。
それは、とても奇妙なほどで。
だけど。
私にとって、初めての。
2
この気持ちを、何といえばいいのだろう。
嬉しいのに、苦いものが混じる心。
彼女の瞳が語る、初めての安堵感を。俺が与えられなかった、悔しさ。
サマサの街へと降りて、レオ将軍と話し合う彼ら。
人の世界に出てきた幻獣たちの代表として、ウラという名の青年が立ち。
その隣に、ティナがいる。
彼女は特別興奮しているわけでもなく、いつもと変わらぬ、静かな表情。
でも、その瞳には。優しい色が、宿っていて。
「ティナの父と、同族の幻獣?」
レオ将軍の声。驚きが込められていた。
「ええ」
答えるティナの声が、普段よりも朗らかに聞こえてしまう。俺の空耳なのだろうけど。
「そうか。ティナ、良かったな。近しい血を持つ仲間と出会えて」
レオ将軍が、笑う。
「僕も嬉しく思うよ、ティナ、君と会えて」
ウラという名の青年の声。ティナが笑顔で頷くのが、見えた。初めて見たような気にさせられるほど、眩しい笑顔。
何故か俺は、そんなティナを見ていられなくなり、視線を背けた。
それは、とても奇妙なほどで。
でも。
俺にとって、初めての。
3
この気持ちを、何といえばいいのだろう。
全ては消え去り、もう何も、残らない。
例えば人なら、その躯だって。欠片だって、残るのに。
強い魔導の力を得るためだけに生きてきて、ケフカにはもう人の心は失われていた。いきなり現れた彼の禍々しき力で、次々と幻獣たちが魔石にされていく。あの、ウラも。
そして、レオ将軍さえも。卑劣な刃に、倒された。
帝国の猛攻に、手も足も出せないまま意識を失っていた私たち。攻撃が止んで、意識を取り戻すと。燃え盛る村の中、将軍だった男性の体は、ただ静かに横たわる。
物言わぬ、ひとつの躯。その表情は、ただ無念で。
手にしたままの一振りの剣が、彼が最期まで戦ってくれていたことを物語っていた。
「レオ、将軍……」
名前を呼んでも、もう答えない。
でも、魔石とされたたくさんの幻獣たちは。その存在の証さえも、残らない。
私は確かに、彼らと心を通わせることができたのに。彼らは確かに、ここにいたのに。
力のみを魔石と変えられて。
彼らがここに、確かにいたのに。その痕跡さえも、全く残らなかった。
(……ウラ……)
初めて近しく感じた、幻獣の青年。その顔も、声も知っているのに。
心の中で名前を呼んでも、その声を届けるべきところさえ、わからない。
せめて、死した肉体の欠片でも残されるならば。それならば、弔うこともできるのに。
幻獣には、それすらも、許されないというのか。
それは、とても悲しくて。
でも。
私にとって、初めての。
4
この気持ちを、何と言えばいいのだろう。
泣けないほどの、悲しみと。虚しさだけが募る、空気の中で。
ただ、その表情を変えることなく。君は今も、佇んでいる。
魔導アーマー部隊の無差別攻撃に、サマサの村が破壊されて。ケフカの編み出したとんでもない術によって、幻獣たちは全て消滅させられた。
ただ、奴が力を得るためだけに。
幻獣の力の結晶、それが魔石。幻獣たちの、命の輝きを閉じ込めた宝玉。
それをあいつは、ただ子供が玩具を欲しがるように追い求め。命ある幻獣たちの、全てを奪い去った。
人として、最期まであいつを止めようとしてくれた将軍レオも、命を散らし。
今ここには、俺たちだけが、生きている。
そしてティナは、虚空を見つめて、ただそこにいるだけ。風の中、佇んでいるだけ。
最初に会ったときのような、その表情は。
彼女の全てを覆い隠す、仮面のようにも思われた。
今、何を想い、考えているのか。悔しいのか、悲しいのか、寂しいのか、虚しいのか。
彼女はただ、口を閉ざし。心にしっかり鍵をかけて。
もう、何も語らない。どこまでも澄んだ瞳の中には、何も心を映そうとしない。
だからこそ、俺は切なくなる。息苦しくて、眩暈さえ覚える。
(ティナ……)
俺の心の叫びは、きっと彼女には届かない。それでも俺は、叫び続ける。
願わくは、彼女の心が少しでも。光を見出せているように。
切ないぐらいに純粋な、彼女が再び闇に閉ざされることのないように。
それは、とても悲しくて。
でも。
俺にとって、初めての。
5
この気持ちを、何と言えばいいのだろう。
あのとき、漠然と感じた、自分の終わり。
それは絶望なのか、それとも諦めなのか。いいえ……それとも。
全身から力が抜けていく。全てが消えて、溶けていく。
あのときの幻獣たちも、きっと。こんな風に、感じていた。
(私も、今……行く)
心の中で、一度だけ。確信を持って、呟いて。
「私についてきて!」
最期の役目を果たすため、生命の持つ力全てを振り絞る。
高い音を立てて、砕けていく魔石。幻獣たちの、本当の消滅と別れ。
最期に届いた声は『あなたは生きて』。
それは、父だけでなく。散った幻獣全部の、思い。
人の血を引き、人としての器を持った私だけに残された、生存の可能性。
───私が、生きてさえいれば。幻獣の力が、なくなっても。
この世に生きていた、彼らの。想いは、必ず残るから。
でも、私も散ったなら。誰がそれを、伝えるの?
それは、とても切なくて。
でも。
私にとって、初めての。
6
この気持ちを、何と言えばいいのだろう。
掌から流れていく砂は、もう取り戻せない。
失ったら、もう彼女に逢えない。
ひとつ、またひとつと。命の輝きの残像を残し、魔石が砕け散る。
彼女の最愛の父までも。
……俯くティナが、想うのは父か? 母か?
その答えさえも、聞けないままに終わりそうで。
見た目にも、著しく消耗した彼女が、最後の力を振り絞り。
天空高く、飛び上がるのは。もう見ていられなかった。
「ティナ、戻れぇ!」
声を限りに叫んで、精一杯手を伸ばして。
髪を振り乱し、力の限り飛ぶ彼女を。どうにかして、捕まえたい。
もう一度、誓いたい。今度こそ、君を守ると。
───だけど、彼女は振り向かず。ただひたすらに、空を舞う。
ねえ、君がいなくなったら。俺はどうやって、守ればいい?
君を永遠に失ったら、俺はどうやって、生きればいい?
それは、とても切なくて。
でも。
俺にとって、初めての。
7
この気持ちを、何と言えばいいのだろう。
私は生きる。全ての存在が消えたのに。
私だけ、生き残った。
目を開けた。
私を抱きかかえる、ロックの腕と。私を取り巻く、たくさんの顔。
皆が涙を浮かべて、私を見つめていた。
「……みんな」
そっと声を出すと、みんなが笑顔で迎えてくれて。
私は、帰ってきたのだと、知った。
でも、私はひとり。
同じ力を持つ同胞は、全てその存在ごと消えた。
私はひとり、この世界に留まることができた。
同じ志を持ち、共に戦い抜いた彼らが。
私の中に全てを託し、消えていったことが苦しくて。
……それでも、ここに戻ってこられたのが、嬉しくて。
傍にいてくれる、大事な人たちが、愛しくて。
その矛盾に戸惑いながらも、私はきっと生きていく。
でも、やっぱり私は、ひとり。
それは、とても奇妙なほどで。
でも。
私にとって、永遠の。
8
この気持ちを、何と言えばいいのだろう。
彼女は生きて、戻ってきた。
笑顔と涙と、苦しみ続ける心を持って。
時々夢に、涙しながら、謝罪しながら。
それでも眠る、彼女の姿が切なくて。
「ティナ……俺がずっと、傍にいる」
事あるごとに、彼女の瞳を見て、誓った。
再び愛する者を失ったら、もう俺は生きていられないから。
正直、世界とティナを引き換えになどできなくて、思い悩んだときがあった。
それでも彼女が愛した世界なら、共に守ろうとして俺は戦った。
そして、彼女は今もここにいる。
例え彼女が、ただ一人幻獣の血を引くものとして生き残ったことに、永遠に苦しむとしても。
俺は必ず、最後まで彼女とともに生きようと誓った。
その最期まで、彼女がひとり、涙していても。
俺は必ず、涙を拭って、君に誓おう。
必ず俺が、守るから。
それは、とても奇妙なほどで。
でも。
俺にとって、永遠の。
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久し振りの投稿でございます…。
かなり前に書いてあったものですが、今読み返しても寒々しく感じられてしまいます(苦)。