作品展示場

当サイトに投稿された作品のまとめです。

index  reset  RSS

作品表示

「眠り」 シスターM

「おやすみなさい」
挨拶して、それぞれの部屋に入って。
与えられた寝床にもぐって、休息を取る。

それ以上の意味なんて、なかったのに。

     *

深夜の宿でふと、目が覚めた。
何となく喉の渇きを覚えて、部屋の外に出る。
既に起きている人の気配はなく、薄暗い静けさ。
この中に起きて動いているのは、私ひとり。
不思議な、感覚。

思い出し始めていた、帝国での記憶。
あの城の中で、ひとり出歩くことなど許されていなかった。
あの城に、人が皆休養することなどなく。静かな時もなく。
こんな感覚を味わうこと、決してなかった。
普通の人間なら、暗闇の中は。
あまり快い感情を、抱かないのだろうけれど。
私には、この中でさえも。自分の思うままに歩けるだけで。
不思議と高揚感を覚えている。

「……ティナ?」
不意に、名を呼ばれて。人の気配を感じる。
暗闇の中、闇よりも暗い感情を隠した人が、そこにいた。
「ロック」
「どうした? 眠れないのか」
彼は、気遣わしげな声。恐らくは、私を案じて。
そう、元帝国の兵士としての私を。
反乱軍にとって、脅威でもあり。切り札にもなり得る私を。
それが、彼の任務だから。
「いいえ。喉が渇いたから、水をもらおうと思ったの」
「そうか」
彼は安堵の表情になり、私を何処へと促した。

ロックの後について、たどり着いたのは。
宿の外にある、井戸。
空には、満天の星。月はなく、星たちが静かに瞬く。
「待ってな、今水汲むから」
彼は器用に水を汲み上げ、備え付けのカップに注ぎ、私に手渡した。
私は受け取り、さっそく口に含む。冷たさと、ほんのりとした甘さ。
「美味いだろ?」
彼が笑顔で問いかけるので、私は無言で頷く。
「何で井戸水って美味いんだと思う?」
「……?」
不意に彼が言った言葉の意味が、私にはわからなかった。
無言で首を振るだけ。

彼は静かに話し始めた。
「井戸水って、もとは雨水だけどさ。地下でじいっと眠って、自分の
出番、待ってるんだ。自分を求める命のために、さ」
「……眠る、の?」
私の声に、彼は頷いて。
「眠りって、休養のためのものでもあるけど。準備のためのものでも
あるだろ。自分を必要とする何かのために、力を蓄えて待ってるって
ことで、さ」
彼は言う。春に芽吹くまで、草木の芽や種が冬を耐えるのも。
虫たちがじっと待っているのも。
全て、自分を待つ者のための眠りだと。
「さ、ティナも寝ろよな。明日もまたけっこう歩くからさ」
「……ロック」
どうしても、聞いてみたくて。私は小さな声で、尋ねてみた。

「私を待っている命は、あるのかしら」
私の問いかけに、彼は一瞬目を見開いて。
それから、何故かとっても嬉しそうな表情になって、頷いた。
「もちろんさ」
短い一言だったのに、私は何故か、それが真実だと思えて。
心がかつてない高揚感と、満足感に包まれた。
「さ、部屋に戻るか」
「ええ」
そして、私たちはお互いの部屋に戻った。

また、寝床にもぐって。休息を取るために、目を閉じる。
でも、眠りのもうひとつの意味を知ったから。
眠りの時間が、前よりも有意義なものであるように思えて。
私はわけもなく、嬉しい気持ちになれた。

     *

いつか、どこかで。
私を必要としてくれる、何かが現れるかもしれないなら。

私はその日まで、待ち続けたい。

Title
「眠り」 シスターM
Posted
2003/03/08
Category
ロクティナ・SS

URL

script:WebLiberty skin:wmks ::admin // reset / page top↑