耳に届くは、妙なる調べ。
聖しこの夜、流れる調べ。
『鈴の音』
クリスマスも、間近に迫った寒い日。
「あ……これ」
探し物に来た屋根裏部屋で、見つけた小箱。大切に、仕舞われていたそれ。
埃を払って取り出してから、蓋を開けて確かめる。
「大丈夫、壊れてない」
見つけた探し物と一緒に、大事にその箱を抱えて。
俺は、居間へと戻って行った。
「お疲れ様、お茶でも……あら?」
居間で、子供をあやしていたティナが。俺の手にしていたものに、目を留める。
丸く見開かれる、水晶の如き澄んだ瞳。
あの戦いからは、10年。
俺が彼女と共に、人生を生きることを選んでからは、5年。
思えばかなり、長い時間が過ぎたけれども。
彼女の儚げな美しさと、一点の曇りなき瞳は、何も変わっていない。
いや、むしろ。磨き上げられた宝玉のように、眩く輝いているかのようで。
改めて。自分が手に入れたものの、分を超えた価値を思い知る。
───などと、のんびり構えていた俺に。ティナはゆっくりと、近付いて。
「ね、ロック。その箱、もしかして……」
「ああ」
俺は頷きながら、小箱をゆっくりと開いた。
「やっぱりティナも、覚えてたか」
笑いながら話しかけると、ティナも笑顔で頷いて。
「ええ」
箱の中に、丁寧に仕舞われていたそれに。
そっと手を伸ばして、懐かしむように、そうっと撫でていた。
りー……ん。
部屋に飾ってあった、小さなクリスマスツリーに提げた、金と銀の鈴。
そっと手を触れてみると、高く澄んだ音色を奏でた。
「綺麗な音」
ティナは目を閉じ、鈴の音の余韻を楽しんでいて。
不思議と、彼女が腕に抱いていた子供も、鈴をじいっと見つめていた。
「お前も、綺麗だと思うのか?」
俺はそうっと、子供の頬に手を添える。
子供─生後3ヶ月の、俺たちにとっては2人目の命─は、今度は俺を見つめて。
それから、声を立てて笑っていた。
「嬉しいのか?」
「そうみたいね」
ティナが、子供を見て微笑む。
「パパが構ってくれるのが、嬉しいのよ、きっと。遊んであげてくれる?」
そう言って、抱いていた子供を俺に差し出した。俺はそうっと、その小さな身体を抱く。
俺の腕の中、子供はなおも、嬉しそうに笑顔を見せていて。
小さな手を俺に向かって、懸命に伸ばしていたから。俺もその手を、そっと握った。
温かい、ぬくもり。
やがて、腕の中で子供が眠ってから。改めて、鈴を見る。
この鈴を見つけたのは、ティナ。この鈴を買ったのが、俺。
それは、彼女への初めての贈り物。
どこの街だったかまでは、記憶にないが。道具屋の片隅に、無造作に置かれていて。
普段決して、旅や戦闘のとき必要なもの意外に興味を示さなかった彼女が。
初めて目を留めたもの、だったはず。
『どうしたんだ?ティナ』
『ロック。……これ、何』
『?ああ、鈴だね。クリスマス用かな?』
『鈴……』
『綺麗な音がするんだ。鳴らしてもらってみようか』
『………ええ』
りー……ん。
『本当ね』
『気に入った?』
『ええ……』
『そっか……なら、買おうか』
『え?でも』
『いいんだよ、たまにはさ』
『………ありがとう』
『!!ど、どういたしまして』
(そうだ、あの時……)
「ロック?」
昔を思い出していたとき、名を呼ばれて。慌てて自分の意識をティナに集中させる。
「どうかした?」
お盆に温かい湯気を上げたカップを載せて、ティナが俺を見つめていて。
「いいや、何でも。サンキュ」
俺は笑いながら、自分のカップを受け取った。
濃い目に入ったお茶をすすりながら、ティナを見つめる。
ティナは口元に笑みを浮かべたまま、俺を見ていて。視線が合うと、花が綻ぶように笑う。
……でも。こんな風に、笑ってくれるようになったのは、あの戦いの後。
出会った頃は、全ての感情を無理矢理封じ込められていた状態から、いきなり開放された彼女。
喜怒哀楽とか、自分の意志とか。人が持つべき大切なものを、理解できずに悩む日々だった。
類稀なる端整な顔立ちが、いつも苦悩の色を濃くしていて。
一日も早く、笑顔を見せて、と。仲間たちみんなが、願わずにはいられなかった。
そんな、彼女が。
あのとき。あの、鈴を買ってやると、俺が言ったときに。
(───初めて、笑ったんだ……。)
感謝の言葉も、心からの笑顔も。不意打ちの直撃に、年甲斐もなく動揺した自分を覚えている。
思えば。あの時、もう、俺は。
「……?ロック、本当にどうかしたの」
ティナが首を傾げて、怪訝そうな表情になるから。俺は心からの、笑みを浮かべて。
「何でもないんだよ、本当に。ただ───思い出したんだ」
「何を?」
訝しげな彼女の額に、軽く口付けを贈ってから。
「君が初めて俺にくれた、素敵なプレゼントのこと」
謎かけのように、彼女に答えた。あの日の笑顔を、思い出しながら。
「……え?」
意味が理解できず、目を瞬かせる彼女を見つめて。ふと、窓の外に視線を移して。
「あ、ほら、ティナ」
「え?あ……」
空から舞い降りる、今年初めての雪を。ティナとふたり、眺めていた。
───耳には、なぜか。鈴の音が、遠く響いていた。
*
耳に届くは、妙なる調べ。
聖しこの夜、流れる調べ。
一緒に聞くは、愛しき貴女。
──────
無事?完成したクリスマスロクティナでございます。
平和を取り戻してからかなり経ってますね。コール家、一応子供2人目ご誕生してるという設定です。
子供の名前と性別決めてないので、何にも触れておりませんが。
ちょっと早いのですが、皆様に。
メリークリスマス。