ようやく楽になれるのだと思った。
私が死んでも、父と母に会える訳ではないのだろうけど。
空にとけて一つになれる気がした。
そこにはあの人が愛した美しい人もいるのね。
「セリス、これはなあに?」
セリスの部屋で二人はお茶を飲んでいた。
「『人魚姫』よ。絵が綺麗でしょう?私、アンティーク絵本を集めるのが趣味なの」
「ええ、素敵だわ。…どんなお話なの?借りてもいい?」
「え?ああ、ええ、勿論よ」
セリスは驚いた顔をすぐさま笑顔で隠した。その笑顔からはどこか同情が感じられる。
(そうか、だれでも知ってる有名な童話なのね…。でも私は…)
そこまで考えてティナは小さく首を横に振った。
(こんなことでいちいち気にしちゃ駄目…)
「ありがとう。借りていくわ」
ティナも笑顔で気持ちを隠す。
お互いの心を見透かしながら、それでもお互いにできる精一杯の思いやりだった。
風でめくられそうになるページを押さえながら、ティナは飛空挺の甲板で絵本を読んでいた。
人魚は海に飛び込み、クライマックスを迎えている。
絵本には泡になって光の娘になる様子が描かれている。
「ティナ」
夢中になっていたティナに後ろから明るい声がかかる。
振り返って見あげると、空をしょって立つロックがいた。
「へえ、童話なんか読んでるんだ。セリスに借りたのかい?」
「ええ。この絵、綺麗ね。でも悲しいわ…」
「……あぁ、そうだな…。綺麗、だ」
ロックが目を伏せる。
かつての恋人が天に帰る様子に似ていたのだろう。
「ロック…」
胸が痛む。レイチェルさんに関することはいつも自分がいないときに起きた。
そのかわり、私の変わりに、そばにいたのは……。
「あ、いやごめんごめん。なんか辛気臭くなっちまったな。ティナがそんな顔することないよ」
ロックは慌てて笑顔をつくる。
違うのに。
貴方が悲しいから悲しくなった訳ではないの。
もっと汚い気持ちなの。感情なんか知らなくてよかったと思うくらいに。
「俺さ、童話とかあんま好きじゃなかったな。なんか説教臭くてさ。ほら、教訓とかあるだろ?」
「きょうくん…?」
「こういうのは、良いことしたヤツが幸せになって悪いヤツが不幸になるようにできてんのさ」
「そうなの…。じゃあ人魚姫は、どうして泡になってしまったのかしら」
「うーん、言われてみればそうだなぁ」
「きっと、人間に恋してしまったからなのね」
「え?」
「恋しちゃ、いけなかったの」
「ティナ…?」
「ごめんなさい、もう部屋に戻るわ」
小走りに中へ降りる。ロックの顔を見ることが出来なかった。