残ったのは、無意味になった私の決意。
そして狂おしい愛おしいこの胸の痛み。
どうして、なのかしら。
モブリズの青い空に投げかけるように、白いシーツを広げて、ため息を一つついた。
お父さん、あなたにはわかりますか?
私がこの空の下にいる意味が。
結局私は生き残った。
最後の力をふりしぼってとにかく光に向かって飛んだ。
あのとき、確かにお父さんを感じた。
そして、白く、優しい光を見た。
それから、こうして愛する人たちの中に戻ってはきたけれど、まだ胸の奥でこだまし続ける何か。
恋は魔法だとだれかがいった。
ならばあの日消えるはずなのに…。
人魚は声と引き換えに人間の足を手に入れた。
好きだと言えなかった人魚は不幸だったのか。
人としてそばにいることができて幸せだったのか。
私は。
私は……?
わからない、わからないの。
ただ、こんなに幸せなのに体が引き裂かれそう。
あの人の背中が、腕が、胸が、声が、笑顔が蘇る。
「ティナママー」
家の方から呼ぶ声がする。マシュマロみたいに柔らかく甘い声。
「なあに?」
駆け寄る天使にティナは微笑んだ。
「あのね、ティナママにお手紙よ」
「まあ…だれからかしら?」
封筒を手にとる。白くてシンプルなデザインだけれど凝ったものだ。ふ、と香水が香った。
裏には綺麗な飾り文字で“Celes Chere”と書かれている。
「セリス?」
ティナへ
お元気ですか?早いもので、あれからもう半年が経ちます。
きっと、今でもティナはみんなの素敵なお母さんでいるんでしょうね。元気に家事をしている姿が目に浮かびます。
私は今ジドールで暮らしています。やっぱり私には落ち着いた生活が合うみたい。バラを育てたり、オークションで絵本のコレクションを増やしたり、なかなか充実した毎日を過ごしています。
ティナ、会って話したいことがあるの。お茶を飲みながら昔話に花を咲かさない?旅行がてらジドールに遊びにきてね。
お返事待ってます。
セリス
淡い懐かしさが胸を満たす。白いバラのような彼女をすぐにまぶたに思い浮かべることができた。
「ええ、会いに行くわ。待っててね…」
手紙の中で、一度もあの人について触れられていないのが気にかかった。
話したいこと…おそらくはそのことだと勘が告げる。
だが、それよりも大好きな戦友に会いたい気持ちがティナの心をはやらせた。