魂を蘇らせる、伝説の秘宝。…魔石、フェニックス。
ずっと、それだけを探していた人がいる。
大切な人を、もう一度蘇らせたいから。もう一度、会いたいから。
ただ、それだけで。
人の心は、狂気にも似た純粋さで。
心の中の大事な人を、いつまでも想っていたり。
今いるかけがえのない人たちを、大切にしたり。
…失った人を、いつまでも追い求めたり。
それは恐ろしく純粋で、怖いほどまっすぐで。
*
「ティナ、こいつを預かってくれ」
言葉と共に、渡された魔石。まだ暖かくて、優しい光で。
レイチェルさんに別れを告げて、セリスとふたり、ファルコン号に戻ってきたとき。
あの人の瞳に、影はなくなっていた。狂気にも似た、絶望の影。
そして私は…彼がセリスと微笑み合う姿に、何故か痛みを覚えて。
でも、理由もわからなくて。そっと一人、ここに来た。
「フェニックス…あなた、レイチェルさんの心をもらったのね…」
ファルコンの展望デッキで、魔石に向かって呟く。石は、彼女の問いに答える。
それは自分にしか届かない声。
「ロックは…幸せに、なれるのかな…」そっと、言葉を吐く。
デッキに吹く風は、冷たい。ケフカに支配されてから、風にさえあの男の呪いがかかった
かのようで。不意に来る、震え。自分で自分を抱き締める。
「……!」
風の中から、おぞましい声―ケフカの哄笑―が聞こえた気がした。まとわりつく邪悪な気
配。無意識な、防備体制。身体が光り、幻獣の姿へと変化する。
五感を研ぎ澄まし、神経を張り詰めて。呼吸さえ、躊躇われる。
…どのくらい、そうしていたのか。闇の気配が遠ざかる。
そっと息を吐き、元の姿に戻る。激しい脱力感。体が極限まで疲労していた。足に力が入
らない。ぐらり、と身体が揺れる。
「…っ、く、う…」
意識を手放しそうになるのを、何とか堪える。
そして、気がつく。冷たい風が感じられない。自分を守ってくれている、光の存在。
「フェニックス…」
私を包む、魔石の光。柔らかくて、優しくて。
ロックが話してくれた、思い出の中のあの人みたいに。
「ありがとう」言葉をかけると、魔石は応えているかのように、一瞬輝いた。
誰にも気づかれないように部屋へと戻り、崩れ落ちるようにベッドに横たわる。
ケフカの力をまともに受けてしまったのか、身体の消耗が激しすぎて。
全身が冷え切って、震えが止まらない。
枕元に置いた魔石の光が変わる。心配してくれているかのように。
「大丈夫よ…私、大丈夫だから」そのまま眠ろうとした。誰かに気づかれる前に。
でも、こんな望みは、叶えられないもので。
「ティナ、入っていい?」ノックの後に、よりにもよって、ロックの声。
「…ごめんなさい、もう、眠く、て……明日にしてもらって、いい?」
声色を作ってみるけど、やたらと勘の鋭いこの人には通じてくれない。
「どうしたんだ!?入るぞ」
施錠もされていない扉はすぐに開けられて、中に入った彼は、すぐ私の異常に気づいた。
「ティナ!」
私に駆け寄り、額に手を当てて。身体の冷たさに、驚愕の表情。
「しっかりしろよ、今誰か呼んで…」
「駄目!お願い、大丈夫だから…眠らせて」私は必死に彼を制した。
「でも…」
「本当に、平気よ。ちょっとだけ、疲れたの。だから、ロックも戻って。フェニックスと
一緒に」
枕もとの魔石に視線をやると、ロックがそちらをじっと見た。手を伸ばして、服のポケッ
トに石を入れる。
「じゃ、ロック、おやすみなさい」
私は微笑んだ、つもりだった。
でも、ロックの表情が。何故かとっても切なかった。
「ロック?」私が尋ねると。
「ティナが眠るまで、ここにいる」
ロックはそう言って、ベッド脇に椅子を持ってきて腰掛けた。そっと私に毛布をかけて、
髪の乱れを直してくれる。
どうしてだろう、ただの何でもないことなのに。触れられた部分が熱くなる。身体の芯は
冷え切っていて、今も震えが止まらないのに。心がほんのり、暖まる。
でも…この人の笑顔は、みんなに向けられるもの。
そう思うと、心がまた熱を失っていった。
「ティナ、大丈夫か?何か飲むか?」
優しそうな声がする。この人は、出会ったときからこうだった。
人を安心させてくれる笑顔と気配。心を許せる、そう感じた。
…例えそれが、自分だけに対するものでなくても。
「大丈夫よ、本当に。だから、ロックももう戻って。セリスやみんなと、話すこともある
でしょう」
私は平静を装って言った。
本当はそばにいて欲しいのに。この暖かさを、近くに感じていたいのに。
何故か、躊躇われてしまう。罪悪感が、つきまとう。
「いいや、俺はここにいる。君が邪魔じゃないんならね」
ロックはきっぱりと答えた。意志の強い瞳は、前とちっとも変わらない。
私はこれ以上何か言うのを諦めた。そっと瞼を閉じた。
「じゃあロック、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
型どおりの挨拶と共に。暖かくて、冷たい気持ちを抱きながら。
*
わからない。
あなたの優しさも、暖かさも。
私の心が揺れる理由も。
優しくて、嬉しい。
優しくて、悲しい。
お願い、誰か教えて。甘い痛みの理由。