ロックとティナが出会って間もない頃の話です。
暗いです。。
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しんしんと、雪が降り積もる。
一定のスピードで空から落ちてくる雪は、個々で見ると
せわしないのに全体でみるとひどくゆっくりに感じられて、
ロックは思わず足をとめた。
凍るような息を吐いて、空を見上げる。
―音もなく舞い落ちる雪。
―まるで止まったかのような、美しくて儚い虚無な時間。
この世界に自分一人しかいないような錯覚に襲われて、
気づけばロックは彼女を呼んでいた。
「レイチェル。――この雪を降らせているのは、君かい?」
そう言うと、雪の中でクスクス笑う彼女が見えた気がした。
栗色の長い髪をフワリとさせて。
俺をからかうような瞳をさせて。
「・・・会いたい。」
降り続ける雪に向かって、一人つぶやく。
君に会いたいよ、レイチェル。
今、狂おしいほど君が恋しい。
君に会えるなら、俺は俺の全てを捨てていい。
だけど、君は――・・・
再び絶望的な孤独感に襲われて、ロックは虚ろな街に瞳を向けた。
涙が、出ない。
悲しみも、ない。
ただ一つあるのは、捨てられたような自分の心だけ。
全てを諦めたような、全てを置き忘れたような、
不思議な空しさに心が支配されて
ロックはその場へしゃがみ込んだ。
「疲れた、な。」
ぽつりとつぶやく。
なんだか、本当に疲れてしまった。
泣いたり、笑ったり、怒ったりすることに。
出来るなら、この時が止まったような白い空間に
永遠にとどまり続けたい。
誰もいない、何もない、ただ白いだけの世界に。
「それも、いいかもな。」
別に、がんばる必要なんて何もないのだ。
全てに目をつぶって、全てにフタをして、
全てから逃げてしまえばそれでいい。
何を俺は、一生懸命になっているんだろう?
―1人が一番いい。
もう何もいらない。
もう誰もいらない。
この降り続ける雪の中に、1人でいられればそれでいい―――
そう思って目を閉じると、寒さに混じって遠くから微かに
ザクッザクッという足音が聞こえてきた。
ザクッ ザクッ
その音は、だんだんとこちらへ近づいてくる。
ザクッ ザクッ
音なんかなくなってしまったような世界で、そこにだけ
存在する不具合な何か。
ザクッ ザクッ ・・ザクッ
その音は自分のそばまで来るとピタリと止まり、
そして――
「ロック。」
ティナの、声になった。
「こんな所にいたら風邪を引いちゃうよ・・?」
そう言って、ティナはロックに傘を差し出した。
白い空間に、浮かぶように咲いた真っ赤な傘。
しかしロックはティナを見やると、ゆっくり首をふった。
「―いいんだ、このままで。」
いいんだ。1人で。
「このままで、いたいんだ。」
永遠にここにいたいんだ。
ロックがそう言うと、ティナは何を思ったのか
傘をたたんでロックの背中へ回り、背中合わせになる形で
自分もその場へ座り込んだ。
ロックの背中に自分の背中をくっつけ、さっきまでロックが
していたように空を見上げる。
「―風邪、ひくぞ?」
「大丈夫よ。ロックが大丈夫なら。」
「・・・。」
そのまま、なんということもなく2人で空を見上げる。
「綺麗だね。」
「ああ。」
相変わらず降り続ける、白い雪。
相変わらず時が止まったような、美しい虚空。
さっきと違うのは、背中越しに伝わるティナの体温だけ。
「―帝国にいた時もね、よく雪を眺めてた。」
雪を見上げたまま、ティナがゆっくり口を開く。
「1度だけ、誰かと一緒に眺めてみたかったの。
・・ありがとう、ロック。」
そう言うとティナは立ち上がって、赤い傘をパンッと開いた。
命の輝きのように突然生まれた、赤い華。
「―風邪、引かないでね。」
深い孤独を隠したような優しい目でそう言うと、
ティナは来た道を戻り始めた。
ザクッ ザクッ
どんどん、足音は遠くなる。
ザクッ ザクッ・・
もう、聞こえなくなりそうだ。
「―――ティナ!!」
ロックは立ち上がると、大声でティナを呼んだ。
驚いたティナがこちらを振り返る。
くるりと回る、赤い傘。
ふわりと飛び散る、白い雪。
この虚無な世界で、そこにだけ命があるように感じられる。
「俺も、行くよ。」
気づいたら駆け出していた。
それを聞いて、ふんわりとティナが微笑む。
――君を、守る。
それが今の、俺の全て。
<あとがき>
読んでくださって、ありがとうございました!